自宅。 ディミトリは次の懸案を考えることにした。「とりあえずはコイツを取り出すか……」 自分の左腕にあると思われる追跡装置を外すことにした。きっと、自分がディミトリである事はバレている。 今後、相手側がどう出るのか不明だが、自分の所在位置をワザワザ教えてやる義理もない。(さてさて、轢き逃げ女は何処に住んでるんだ?) 女の車につけた携帯電話の位置情報は、とあるアパートの前で停止したままだ。 見ると病院のある市の二つ隣の市だ。つまりディミトリの住んでる街を挟んで隣に位置している。 ディミトリは手にしたスマートフォンで、『轢き逃げ女』に仕掛けた携帯電話の行方を監視していた。「ここが住んでいる場所か……」 ディミトリは携帯電話の位置情報が示している緯度経度から地図で場所を特定した。 ストリートビューで見た感じはちょっと古めのアパートだ。 ここが住んで居るアパートに違いないとディミトリは確信した。思い違いの可能性も有るが、それを調べるのはこれからだ。「じゃあ、監視カメラを置いて部屋探しでもしますかね……」 夜中に位置情報の示すアパートに赴き、監視用のビデオカメラを設置した。 ビデオカメラと言っても詐欺グループの監視に使ってたやつだ。見た目は黒色で四角い箱型の物。 それを電柱に貼り付ける。一見すると電柱の付属品のように見えるので怪しまれないと考えたのだ。 中の映像はマイクロSDカードに記録されているので回収は容易なものだ。 本来なら携帯電話に繋げて遠隔操作出来れば良いのだが、手持ちの携帯電話は数が限られているので仕方がない。 手持ちのやつは自宅を見張るのに使っているのだ。「もう少し小道具が有ると良いんだがなあ……」 それは自分が鏑木医師の家に居た事を知った連中が、どういう行動に出るのか不明だったからだ。 もし、待ち伏せされるのなら、事前に知っていると居ないのとでは生存確率が違ってくる。 だが、見た目が中学生であるので出来ることは限られてしまう。いかんともし難いが出来る範囲で努力するつもりだ。(まあ、戦場だともっと酷い状況に何度もさらされたからな) ふとした拍子に戦いの場を思い出し、アレよりはマシと自分に言い聞かせるディミトリであった。 ビデオカメラの設置と同時に、アパートの住人全部の名前を入手しておいた。 別に難しい事をす
一日間を空けてデータを回収してくる。不審車は相変わらずディミトリの日常を見張っていた。 鏑木医師の盗聴をしていたのなら、ディミトリが同じ部屋に居たことを知っているはずなのに不思議だった。 だが、腕の方には電波遮断カバーを付けてあるので、ある程度は自由に行動できるのが有り難かった。 轢き逃げ女の調査と言っても、動画を見ているだけなので退屈だ。 ディミトリは先日回収した武器の手入れを始めた。祖母には玩具のエアソフトガンを買ったと言ってある。 実際に買って空箱だけ残しておいただけだ。中身は同じクラスのガンマニアにくれてやった。 こうしておけば部屋に本物が有っても区別が付かないだろうと考えたからだ。 その内、どこかに隠す必要がある。だが、それはまだ先だ。 ディミトリはベテランの兵隊だったので、分解程度なら手元を見なくとも出来るように訓練されている。 これは暗闇の中で分解掃除する事になっても平気なようにするためだ。 今回はサビが付かないように、グリースをたっぷりと付ける事を目標にしている。 回収してきた動画を早送りで再生させていると問題の箇所に差し掛かった。「……夕方の時間で…… ここか…… 居た!」 『轢き逃げ女』は夕方には真っ直ぐに帰って来ていた。きっと真面目な人柄なのだろう。 録画する時にタイムスタンプを入れてあるので分かるようになっている。「兵部さんね…… これは葵(アオイ)と読むのだろうか……」 彼女がアパートの入り口から入っていたタイミングと、室内が明るくなった部屋を照合して名前を特定できたのだ。「初めまして兵部葵さん」 ディミトリは画面に向かって挨拶をしていた。これで彼女の行動パターンは手に入る。 次は彼女の家に押し入って手術に協力するように『お願い』するだけだ。 何かと上手くいかない日々だったが、今回はスムーズに問題が解決できそうだ。 彼は珍しく上機嫌だった。(あれ? 可怪しいな……) だが、ディミトリは直ぐに怪訝な顔になった。(住んでるのが此処だとしたら……) 地図を見るとアパートから病院までは道路一本で行けてしまうのだ。 詐欺グループの居たマンションには用は無いはずだ。だから、轢き逃げをした道路を通過する必然性が無い。 商店街に面しているわけでも無いし、病院に関係するものも無いごく普通の住宅街だ。
兵部アオイのアパート。 ディミトリは夕方になるのを待って目的のアパートにやってきた。 二階建てのアパートは部屋が上下合わせて十戸だ。極普通の安アパートという感じで独身者が好みそうだ。 出入り口は外に面しているが、隣家との間に壁があり人目は避けられる事に気がついた。(窃盗犯に狙われやすそうな作りだよな……) 住宅街に在る為なのか、幸いにも人通りはまばらだった。ディミトリはアパートが見える道路に自転車を止めた。 まだ、夕刻を少し過ぎたあたり。一般的な家庭なら夕飯の支度で忙しいし、勤め人なら帰宅の途中のはずだ。(まあ、それを狙ってやってきたんだが) そのタイミングなら部屋への侵入が容易であろうとやって来たのだ。 友好を求めて来た訳では無いので、相手が留守である必要があった。(よし、どの部屋も電気は点いていないな……) 目的の部屋に電気が点いている様子は無い。睨んだ通り留守のようだ。 ディミトリは自転車から降りて、まるで帰宅した住人のような雰囲気でアパートに近づいていった。 此処までで人とすれ違った事が無い。人通りが途絶える瞬間なのであろう。 ディミトリは誰かとすれ違うようなら中止して帰宅しようと考えていた。(確か、この部屋のはず……) アパートの安そうなドアを見ると、想像した通りのドアスコープが付いている。 これなら詐欺グループのマンションに入った時と同じ手口が使えると彼は安心した。(よしよし、想定内だ……) ディミトリはドアスコープを外し、穴から内視鏡を入れて鍵を外した。 内視鏡には簡易的に使えるマジックハンドが使えるので遠隔で操作するのに適している。(最初は操作するのに難儀したけど、今は楽勝だぜ) ドアを静かに開けて目的の室内に素早く忍び込んだ。 そのまま、ドアに張り付いて外の様子を窺う。誰かが近づいてくる気配が有れば見つかっていると言う事だ。 窃盗などで見つかるのは侵入する瞬間が多いと聞く。ディミトリにとっては緊張の瞬間であった。(まあ、アパートの住人は独身者だけだったみたいだけどな……) 幸いにも何も動きは無かった。まだ、誰も帰宅していないのであろう。だからこの時間帯なのだ。 ディミトリは安心したのか、一度深く深呼吸をしてから振り返った。 落ち着きを取り戻してから室内を観察する。朝から見張っている訳では無い
手袋をした手でドアをそっと開け、素早く室内に潜り込んだ。 人目に付くのを避ける為に扉は極力静かに閉める。開閉の音や振動は案外響くものだ。 もちろん、目は室内を睨んだままだ。(どうも~お邪魔しま~す) ドアの前でしゃがんで室内の様子を伺った。もし、誰かが居るようならすぐさま脱出する為である。 身体を動かさずに首だけをゆっくりと動かし、人の気配を探っていたディミトリは立ち上がった。(誰も居ないんですよね~) おもむろに室内に足を踏み入れる。 空き巣狙いであれば、室内の物色にかかるところだが今回は違う。 部屋の主に用事がある。なので、部屋の中を調べていく事にする。(さあ、どういう人物が住んでいるのかな?) 誰も居ないことは確認済みだが、静かに部屋の中を移動していく。 ベッドに机にちゃぶ台・タンスと質素な暮らし向きらしかった。余計な装飾品が無い。 トイレや台所も清潔に保たれているようである。(ええ、真面目な人なの?) 室内の本棚には医療関係の本が多かった。それも家庭用ではなく医者の使う専門書の類だ。 中には外国語で書かれた背表紙も見受けられる。(睨んだ通りに医者の卵という事か……) 次にタンスの引き出しを下から開けていく。上から開けると上段の引き出しが邪魔になるからだ。 因みにコレは窃盗犯が行うやり方だ。短時間で家探しが出来るのだ。 ベテランになると五分もあれば一部屋分の家探しが完了するらしい。(むむむっ! コレは……) とある引き出しを開けた時にディミトリの手が止まった。 そして、コレまで見せたことが無い様な険しい顔付きになっていった。「うーむ……」 その引き出しには色とりどりの下着が詰め込まれていたのだ。恐らくアオイのモノであろう。 何となく良い香りがするような気がする。(ををを…… 眼福眼福) 下着入れを開けてしまったディミトリは何故か喜んでしまっている。 一枚取り出して目の前に広げてみたりしていた。しばらくニヤニヤと眺めていたがハッと気がついたことが有るようだ。(いやいやいやいや…… 目的が違うし……) そんな場合では無いと、被りたい衝動を抑え込んで引き出しを元に戻した。 洋の東西を問わず年齢がいくつであろうと、男というのはしょうもない生き物なのだ。(ふん、男関係するものは何も無しか……) ディ
アオイの部屋。 アオイが帰宅して部屋の明かりを点けると、部屋の真ん中にマスクを被った男が居た。「やあっ!」「誰?」「しぃーーーーっ……」 マスクの男はディミトリだ。 彼は静かにしろというように口元に指を当てながら、銃をベッドの方に向けて引き金を引いた。パスッ!「ひぃっ」 軽い音を立てて葵のベッドに有った枕が跳ね上がった。 後、何発撃てるか分からないが減音器は役に立っているようだ。「おもちゃじゃないよ……」 そう言って銃をアオイに向けた。「お金はあんまり持ってないです……」 銃を向けられた葵は怯えている。実社会に置いて実銃を向けられた経験を持つ者は多くないはずだ。 アオイも無機質な銃口を向けられてパニックに成ってしまっている。「まあ、座ろうよ。 君をどうこうしたい訳じゃないんだ……」「……」 ディミトリは部屋の中央にあるテーブルの前に座りながら手招きした。 アオイは大人しくディミトリの前に座った。「あの病院関係者の駐車場で車を見つけてさ……」「……」「お姉さんは医療関係の人何でしょ?」「……」 アオイはコクンという感じで頷いた。「何やってる人なの?」「医学部に在学中の医者の卵です……」 医学生と睨んだ通りだった。次週から始まるインターン研修の為に病院に来ていたのだそうだ。 女は兵部アオイと名乗った。推測した通りだ。ディミトリの銃を恐ろしげにチラチラ見ている。「この写真を見てくれ……」 ディミトリは追跡装置が写っている画像のプリントを見せた。簡易超音波検査機で自分の腕をスキャンした画像だ。 モノクロの画像だが何やら四角いものが写っているのは分かる。「?」「ここに写っている四角い奴を取り出して欲しいんだ」「なんですかコレは?」「腕の中に埋め込まれている」「そういう事でしたら病院に行ってください……」 取り出すということは手術が必要だと理解できたようだ。 まだ、経験が浅いアオイは当然断ってきた。 切除手術など家で気軽に出来るものでは無い。 手術ということは身体にメスを入れる事だ。剥き出しの患部では病原菌に感染しやすくなってしまう。 一般家庭で無菌状態など作り出せないからだ。「それが出来ればそうしてるさ」 ディミトリは説得を続けた。自分では手術が出来ないので仕方がなかった。「私には無理で
「準備が出来たよ」「じゃあ、上着を脱いで背中を向けてちょうだい……」 ディミトリが上着を脱ぐとアオイが息を飲むのが分かった。背中には手術の跡が縦横無尽に走っているからだ。 すべて交通事故の跡なのだが彼女には分からない。それは彼女が入った時には、ディミトリが退院した後だったのだ。「……」 銃を手に持った男が入ってきて、手術しろと言われたら訳アリの男だと分かったのだろう。 手術跡の事は何も聞いてこなかった。「そんなに深くには埋まってないはずだ……」「……」「指で触ると分かるぐらいだからね」「ええ、有るわね……」 アオイは腕を指で押しながら答えた。「皮膚の下、五ミリ程の所に筋肉に載せるような感じで埋まってると思う」「麻酔無しだから相当痛いよ?」「ああ、ある程度は覚悟している……」 ディミトリは自宅から持ってきたナイフを渡した。入念に砥石で研いでおいた奴だ。 手術用のとは比べて切れ味は劣ると思うが、普通の家にある包丁よりはマシなはずだ。「これがバレたら医師免許が取れなくなるわ……」「バレなきゃ良いのさ……」 アオイは少し深呼吸をして、ディミトリの腕にナイフを充てがい力を込めた。 ディミトリの上腕に何か冷たい感覚が走り抜けた。 ホンの数秒遅れで激痛が腕を駆け上がってくる。「そうなったら恨むわよ……」「大丈夫。 人に恨まれるのは生まれた時から慣れている……」 そう訳の分からない事をいった。「……」「グッ……」 アオイの荒い息使いが聞こえてくる。彼女も手術には慣れていないようだ。「麻酔も無しで……」 ブツブツ言いながら手術を続けている。 どんなものかは不明だが、簡易型の超音波検査機にかかるぐらいだ。金属片で有ることは間違いない。(そう言えば、犬の首に埋め込むタイプの盗聴器があると、ロシアの連中に聞いた事があるな……) 体液に含まれる塩を分解して発電するタイプで微弱な電波なら出せるらしい。 それを近くで受信して増幅してから送り届けてくれるすぐれものだ。 諜報機関の技術開発は凄まじい勢いで進化している。信じられないものが盗聴器だったりするのだ。(犬に可能なら人間でも可能か) 自分は犬と同じ扱いなのかと思うと笑いが出てきてしまった。 アオイは腕を切られようとしてるのに、クスクス笑いをするディミトリを不思議そうに
アオイの部屋。 ディミトリはボンヤリという感じで目を覚ました。 朧気な意識の中で見たのは、無機質な白い天井が有るだけだった。(知らない天井だ……) ディミトリの部屋にはアイドルのポスターが張ってある。それが此処には無い。 一瞬、病院かなと考えてみたが違う部屋である事を思い出した。(しまったっ!) ディミトリは息を吐き出すかのように起き出した。あまりの激痛に失神したようだ。 時間にして三十分程度であろうか。自分では平気なつもりだったが、新しい身体は慣れていなかったようだ。(まさか、気を失っていたとは……) 彼はすぐに自分の身体を調べた。左腕の手術跡には包帯が綺麗に巻かれている。 身体から取り出したと思われるものは、アルミホイルに包まれて机の上に置かれていた。 その横には自分の銃が置かれていた。 手にとって見ると弾倉は差し込まれたままだし、薬室には銃弾が装填されたままだった。(使い方を知らなかったとかかな?) 何より目出し帽が取られていて額にタオルが当てられていた事だ。 ディミトリの顔がアオイにバレてしまったようだ。適当な時期まで秘密にして置きたかったがしょうがない。「?」 ディミトリが訳が分からず戸惑っていると、アオイが部屋に入ってきた。 直ぐにディミトリが目を覚ましたことに気がついたようだ。「何故、銃を取り上げなかった?」「……」 彼女は壁に寄りかかったまま黙っている。 自分を脅していた相手が、少年だと分かったので恐怖心が無くなったのであろう。「手術なら終わったわ…… 上着を着たら出ていって頂戴ね……」「……」 彼女はそれだけを言うとディミトリを睨みつけた。「あの…… ありがとう……」「……」 ディミトリは礼を言ってペコリと頭を下げた。彼女はニコリともせず腕を組んだままだった。 銃で脅してきた相手が子供だとは思っていなかったのであろう。 ディミトリは踵を返して部屋から出ていったのだった。彼が持ち込んだ物はバッグの中に詰め込まれてある。 乗ってきた自転車の所まで来て、改めて痛みが残る左腕の包帯を眺めた。丁寧に巻いてある。(轢き逃げ犯とは思えないな…… 今後の事を考えたら俺の口封じをした方が良いだろうに……) どうやら彼女はディミトリのように悪知恵は回らないようだ。(自分だったら銃を奪って、最低でも
前回、気を失ったのは強烈な頭痛の時だ。痛みが限界を超えると気を失ってしまうようなのだ。 距離が離れているとでも言い訳しておけば良いだろう。(クラックコアとやらと関係が有るんだろうな) そう言えば前回の検診の時に、頭痛の事をやたらと聞きたがっているのを思い出した。随分と不審に思ったものだ。 今、思えば関係者であるのだから当然だったのだろう。 脳に色々と小細工するのは、人類にとってはまだ手に余るに違いない。鏑木医師が死んだのは色々と残念だった。(この失神する問題は早めに対処しておかないと、その内拙い事になるな……) 原因と対策がどうしても必要なのだ。ディミトリは違う病院へ変えようかと考え始めた。 それと同時に帰宅してから、痛みに耐える訓練方法を探そうと決めた。(後は追跡装置をどう使って一泡吹かせてやるかだな) アルミホイルに包まれた追跡装置を手に持ちながら思った。 腕から取り出した追跡装置は壊さないでおく事にしている。こちらが追跡装置の存在を知っている事を悟られない為だ。 それは、万が一の時に囮に使えると思っているからだ。「まあ、問題のひとつは解決できたかな……」 ディミトリは自転車に跨って家路についた。 翌日から痛みに対する訓練もメニューに加えた。しかし、思いの外に手術跡の痛みが酷かったが我慢していた。 医学生と言っても、まだ素人に怪我生えた程度だ。病院で行うのとは訳が違う。熱が出なかっただけでも幸運であろう。 ネットで検索した訓練メニューを試してみたが、結果は期待通りには中々いかなかった。「ネットだと痛みは無視できるようになると書いてあったけど……」 痛みは防御のメカニズムとして機能している。所謂、生存本能の事だ。痛みを伝えることで、生存が脅かされていると知らせる為にある信号なのだ。 つまり、痛みの伝達を阻害することが出来れば、痛みを無視出来るようになる……はずだ。 ディミトリは痛みに注意が向かないよう、気を紛らわせる事が出来る訓練を模索していた。「痛いもんは痛い……」 痛みは動揺や不安や絶望といった感情を呼び起こしてしまう。それを正反対の感情、つまりユーモアで置き換えてしまう方法がある。 アメリカの学者が行ったひとつの実験がある。痛みを耐える実験を行ったのだ。一つのグループにはコメディを見せながら実験を行い、もう
これはロシア軍の初年訓練でさんざんやらされた訓練の一種だ。もっとも、実際の戦場で役に立ったこと無かった。 接近する時には銃弾を雨のように撒き散らして相手を殲滅するからだ。ドンッ ディミトリは男の腹を目掛けて引き金を引く。そのままの体制でピアスの男・売人・半グレの子分と撃ち続けた。 突然の展開に驚いた彼らは、身を隠すなどという事をしなかった。射撃の的のように簡単だった。 彼らは銃撃戦という物の経験が無いのか、その場に棒立ちのままだったのだ。「……」 工場の中は彼らのうめき声で満たされている。ディミトリは無言のままピアスの男に近づき頭に銃弾を撃ち込んだ。 短髪男の子分も同様に射殺した。 彼らはディミトリが欲しい情報を持っていない。つまり、不要だから処分したのだ。下手に生かしておいて復讐に来られたら面倒だとの考えからだ。「ま、待て…… た、助けてくれ……」 売人の男が哀れな声を絞り出しながら嘆願してきた。「何故、俺を罠に嵌めたんだ?」 ディミトリは売人に尋ねた。「その男に頼まれたからだ……」 売人は短髪男を指差しながら答えた。「そうか……」 ディミトリは売人を射殺した。もう、用は無い。 彼はそのまま短髪男の所にやって来た。「お前は誰の使いで来たんだ?」「うるせぇっ!」「そうか……」 ディミトリは短髪男を射殺した。聞きたい事は山程あるが、ディミトリは治療を必要としている。 生かしておく理由も義理も無い。何より時間が無いので始末したのだった。 すると部屋の中に異臭が漂い始めた。「ん?」 見ると女の足元に水たまりが出来つつ有った。失禁したのだ。それはそうだろう彼女の人生で、殺人を目撃することなど無かったからだ。 ところが、目の前にいる男は躊躇すること無く、銃弾を人間に送り込んでいる。しかも、助命を懇願する相手にもだ。「お前もコイツラの仲間か?」 彼女は盛んに首を振った。彼女の目は一杯に開かれている。恐らく相手に対する恐怖がそうさせているのだろう。「た、頼まれただけです……」「誰に?」「大串くんです……」「本当か? 考えて答えろよ。 お前は死ぬかどうかの瀬戸際にいるんだ……」「誓って本当です……」「ふん……」 きっと、嘘だろう。女相手の尋問は色々と楽しいが今はやらない事にした。時間が惜しい。 出血の度合
廃工場。 二階の暗闇の中から現れたのは暴力団員風の男だ。 その後ろから一人の男が付いてきている。髪の毛を茶髪にして、耳にはピアスを付けていた。子分だろう。 ディミトリが睨み付ける中、短髪男は子分を従えて悠然と階段を降りてきた。「シカトしてんじゃあねぇよっ!」 自分を無視された売人は大声を出してきた。だが、ディミトリは短髪男を睨みつけたままだ。 本能が『要警戒』と告げているのだ。「まあまあ、コイツが若森って奴か?」 短髪男は階段を降りながら声を掛けてきた。何故かニヤついている。自分が優位に立っていると、思い込んでいる男にありがちな反応だ。恐らく懐に何かを持っているのだろう。 そして男はディミトリの顔を知っているようだった。(やはりか……) 名前も知っているという事は、中国の連中の仲間かもしれないと考えた。「大人しくコッチの質問に答えれば痛い目に遭わなくて済むよ……」 短髪男は懐からベレッタを取り出した。イタリア製の優秀な拳銃だ。 余裕が有ったはずだった。(ベレッタか…… 装弾数は十五発だっけ?) ディミトリが銃を見ていると、短髪男は遊底を引いて薬室に弾を送り込んだ。 恐らく、ディミトリが銃を見るのを珍しがっていると勘違いしたのであろう。玩具を手に入れた子供が粋がるようなものだ。「お前が知っている、お宝の有りかを教えて欲しいんだよ」「お宝? 俺の秘蔵のエロ本か??」「舐めんじゃねぇっ!」 馬鹿にされたと思った短髪男は床に向かって引き金を引いた。銃の発射音が室内に響く。空薬莢が床に転がる音が続いた。 急な事に女はビックリして悲鳴を上げてしまっている。「ちょっと、私関係無いんだけどっ!」 女が咄嗟に逃げようとして走り出した。そこを短髪男が発砲してしまった。引き金に指を掛けたままだったのだ。 素人が銃を持った時によくやる失敗だ。 女が急に動いたのでビックリして銃を向けてしまい。その際に引き金に力が加わったのだ。「ぐあっ!」 だが、運の悪い事に狙いが逸れてディミトリに命中してしまった。脇腹の辺りにだ。 万が一の事を考えて防弾チョックを着ていた。しかし、防弾用素材と素材の隙間にある、縫い目を弾丸は通過したようだ。 ディミトリが昔使っていた奴はそうは成らなかった。普通の防弾チョッキには縫い目など無い。 さすが中華製だ。
廃工場。 田口の車から一人で降りて工場の方に歩いていく。午前中と違うのは工場の敷地に入るガードは開けられているぐらいだ。 工場の正面にあるシャッターの脇に普通のドアがある。 ディミトリはノックすること無くドアノブを回して中に入っていった。それと同時にポケットに入っているレーザーポインターのスイッチも入れた。 工場の入口から中に入り、歩きだして五秒ほどで周囲の視線に気付いた。刺すような視線。猛獣が獲物を見定めるかのような視線という類のモノだ。(見張られているな……) 殺意の視線。それは、かつて戦場でスナイパーに狙われた時の感覚に似ている。ねっとりとした感触が戦場を思い出させた。(少なくとも四人はいるかな……) ディミトリに持つ全て感覚センサーがそう告げている。そして、全員を始末せよと言っているのだ。(良いねぇ……) まるで『建物全体が捕食者』みたいな感覚。ディミトリの神経が研ぎ澄まされていく。 工場の真ん中あたりに机が一つだけ置かれており。その前に男が一人座っていた。 コイツが売人なのであろう。視線が泳いでいる癖に眼付がやたらと鋭かった。「よお~……」 売人は陽気を装って声を掛けてきた。まるで古くからの知り合いのようだった。「金なら持ってきた。 女はどこだ?」 ディミトリは懐から金の入っている封筒を見せた。二百万入っているので結構分厚い。 男は工場の奥をチラリと見た。ディミトリが一緒に釣られて見ると金髪の女と顔中にピアスを付けた男が居る。 女の腕を捕まえているところを見るとコイツも仲間なのだろう。「女と引き換えだ……」 売人は奥のピアスだらけの男を手招きした。男は女を連れてやってくる。 この金髪女がカラオケ屋で擦れ違った女の子なのだろう。興味が無いので覚えてなどいない。「ほらよ……」 ピアスの男がぶっきら棒に女を離すと、ディミトリが持っている封筒を受け取った。 そのまま、封筒を売人に渡すと、売人は中身を確認し始めた。ピアスの男は売人には目もくれずにディミトリを睨みつけている。 女はディミトリの後ろで大人しく待っていた。 金を数え終わった売人はニヤリと笑った。全額有ったようだ。「ああ、金の確認は終わった……」「そうかい。 じゃあ、女は連れて行くよ」 それを聞いたディミトリは女を連れて帰ろうとした。「まあ、ちょ
大串の自宅前。 武器を捨てられてしまったディミトリは気を取り直して大串の家に向かった。(クソッ! せめて拳銃だけでも無事だったら良かったんだが……) 他にも減音器も捨てられていた。玩具の銃は壁に飾ってあるので、それと一緒に飾っておけば良かったと後悔している。 銃弾は別に保管していたので無事だ。筒状のパイプでも有れば単発式の発射装置が作れるが、工作している暇が無かった。 単純に筒に弾を詰めて、釘か何かで雷管をひっぱたけば良さそうだがそうは簡単にはいかない。 銃弾を固定してやらないと暴発して自身も怪我をするからだ。最低でも薬室を作ってやらないと駄目なのだ。 手持ちの武器らしい武器は自作のスタンガンとスリングショットぐらいだ。これでは心許ない。(致命傷は無理でも牽制には使える程度だな……) 無くなった物を惜しんでも手元には帰ってこない。それより目の前の問題をどうするかの方が大事だ。 しかし、ディミトリの少なくない経験から、ケチが付いた作戦は中止するべきとの教訓もある。(確かに中断するべきだが……) 何よりディミトリには気になる点があったのだ。(何故、俺を指名したんだ?) 取引自体がディミトリを誘き寄せる罠であるのは分かった。だが、何故面倒な真似をしてまで罠に嵌めるのかが謎だ。 それは罠を張った連中を確かめる必要を示唆している。(あの連中が罠なんて面倒な手間をかけるとは思えないんだがな……) あの連中とは鏑木医師を殺害した連中だ。中国語を話していたと思うので中国系と思っていた。 不思議なことに連中は、日数が経過しているにも関わらず手を出してこない。 鏑木医師の事を知っているのなら、ディミトリの事も知っているはずだ。 自分たちの存在が知られたと判明した時点で、自分なら対象の身柄を押さえる。逃げられてしまったら困るからだ。 だが、彼らはそうはしない。銃を持って襲撃するような連中だ。荒っぽい仕事には慣れているはずなのにだ。 これは何を意味するのか? ディミトリには四六時中見張りに付いている連中がいる。その彼らの前で仕事を嫌がっていると捉えていた。 そして、今回の連中は面倒な罠を用意している。これは自分を見張っている連中とも違う事を示唆しているはず。(つまり、今回の罠を張った連中は俺を監視している連中とも、鏑木医師を殺害した連中と
翌日。 ディミトリは祖母に具合が悪いので、病院に寄ってから学校に行くと伝えた。 心配して付いてくると言い張る彼女を説得して、一人で出掛けたディミトリは家電量販店に居た。 ここで小道具の材料を調達するためだ。今回はどう考えても罠にハマりに行くのだ。下準備無しで乗り込むほど自信家では無い。 彼が購入したのはレーザーポインターだ。それと玩具のリモコンも購入した。このリモコンでスイッチを操作するのだ。 レーザーポインターは名前の通りレーザーの強烈な光でポイントを示す物だ。普通に使えば便利な道具だが、カメラにとっては脅威となる代物だ。 レーザーポインターをカメラのレンズに向けて照射する。すると、カメラの中にある電子素子(LCD)は強烈な光で飽和してしまう。つまり、映像をまともに作れなくなってしまうのだ。 これは空き巣や銀行強盗などの時に、防犯カメラを無効にさせる為に使われる手口だ。本格的なやつは赤外線レーザーを使う。カメラに付いている電子素子(LCD)が早く飽和するからだ。 目的のものを入手したディミトリは、そのまま例の廃工場に向かった。前日に開けておいた裏口を通り、カメラが設置されている場所までやって来た。 そして、床に積もった埃に異常が無いのを確かめると、今度はカメラがレーザーポインターで狙い易い位置にやってくる。そこには埃だらけの元資材が積み上げられていた。 手のひらに入る程度のレーザーポインターなので隠すのは簡単だった。(よし、仕掛けは出来た……) ディミトリはレーザーポインターをダンボールの影に隠して学校へと向かった。どうせ使い捨てなので見てくれは気にしていない。 道具は役に立ってこそ意味があるとディミトリは考えていた。 午後から登校したディミトリは何事もなく過ごした。そして、下校時間になると大串の方から声を掛けられた。 大串は時間をずらされて焦っているようだ。そして、ディミトリが受け渡し場所に下見に行った事には気が付いてないようだった。「今日はちゃんと来いよ」「ああ、今夜は何時頃行けば良いんだ?」「夜の七時に俺の家に来てくれれば田口の兄ちゃんが車で送ってくれるってよ」 田口というのは子分の一人だ。クラスメートなのだがディミトリは初めて名前を聞いた気がしていた。「そうか、分かった……」 ディミトリは素っ気無く返事をした。
ディミトリは部屋の中央に進み出てみた。死角になる場所が有るかどうかをチェックする為だ。 するとシャッターの脇から二階に伸びる階段に気が付いた。(二階が有るのか……) そのまま部屋の真ん中に立って見回していると、ある物に気がついた。二階にカメラが取り付けられている。 角度的にも部屋を全て網羅しているみたいだ。(ほほぅ……) 階段を上がって傍に寄って見てみると真新しいカメラだった。まだ、設置されたばかりなのだろう。(まだ稼働はしてないみたいだな……) カメラに電源らしきものは入っていないようだ。触ってみても冷たいままなのだ。 ディミトリはカメラの側面に書いてあるメーカーの型番を控えた。家に帰ってから性能を調べる為だ。(俺を撮影する気か?) 防犯の為なら外に向けて取り付けるし、電源は入れっぱなしにするだろう。だが、室内の中央に向けて設置してある。 この工場に呼び出した人物を撮影するためだ。そして、それはディミトリである事は明白だ。(もしくは狙撃の補佐用……) 場所などのマーキングが済んでいれば狙撃の射角などが容易になる。 重要な対象を確実に仕留めるために行う狙撃方法だ。(狙撃兵か……) ディミトリはとある戦場の前線で一緒になった狙撃兵を思い出した。 ある時、狙撃兵が何かを目標に照準して撃っていた。(休憩中なのに仕事熱心な奴だな……) 仕事熱心な狙撃兵にディミトリが質問した。『何を狙っているんだ?』『空き缶を狙っている』 彼はそう答えた。 ディミトリが見ると百メートル程先に空き缶が並べられていた。『……』 もう少しまともな物を狙えば良いのにとディミトリは思っていた。 彼は狙いを付けた物を外さないからであった。『今度の狙撃大会で優勝して後方任務にしてもらうんだよ』 そんなディミトリの思惑を感じ取ったのか狙撃兵が話を続けてきた。 彼は狙撃大会に出場して優勝するのを目標としているようだ。技量優秀な者は後方任務で温存してもらえる。宣伝に使えるからであった。『なら、あの野良犬を的にすれば良いんじゃないか?』 静止した的と動いている的では難易度に違いが出てしまう。練習をするのなら難しい方が技量向上が望めるはずだからだ。 そう思って彼に提案してみたのだ。『それは駄目だ……』 ディミトリの提案は、にべもなく断られてし
廃工場。 ディミトリは背中のバックから暗視装置を取り出した。 鏑木医師の所で収穫した物だ。使い勝手の確認も兼ねて持ってきたのだ。 バックの中身は他にガン雑誌も入れてある。万が一の時にはミリタリーマニアを装う為だ。 ディミトリは暗視装置を頭に付けて電源を入れてみる。 収奪した後に一度だけ試してみたが、昼間だったせいなのかピンと来なかったのだ。 そして、思っていたより鮮明に見えるので驚いてしまった。(最新型なだけ有って建物内の様子が鮮明に見えるな……) 兵隊時代に使っていたものは、ロシア製の重くて使い勝手が悪い物だった。それと比べると雲泥の差がある。 手袋をした自分の手を映しながら握ったり広げたりしてみた。 ロシア製の物だったら真ん中が明るくて端っこが暗くなってしまう。ところが、使っている中華製の奴は全体が均一に明るいのだ。もっとも、中身の日本製の部品で実現出来ているのをディミトリは知らない。(ふむ…… 時代の進む速度が凄いもんだな……) とりあえずは、取り残されないように気を付けないと、中身が三十五歳のディミトリは思ったのだった。(さて、人の気配はしないし奥に進んでみるとするか) 気を取り直したディミトリは足音に気を付けながら進んでいった。工場の中は耳が痛くなるような静寂に包まれている。 聞こえるのはディミトリの息遣いだけなのだ。 裏側から入ったからなのか廊下には小部屋が並んでいた。 元は工場だったので様々な作業を部屋ごとに行っていたのかもしれない。(まあ、良くある配置だな……) その中の一室には錆びたバーベキューコンロが部屋の中央にあった。結構、使われていたのだろう。炭などが残ったままだ。 脇には調味料たちが無造作に置かれている。さすがに今はもう使え無さそうだとディミトリは思った。(浮浪者が入り込んで生活してたっぽいな……) 部屋の隅に有る薄汚れた布団を見ながら考えた。そこには元の住人が捨てていったらしい衣類などが積まれている。 だが、布団に薄っすらと掛かっている埃の具合から見て、長らく使用されて居ないものと判断出来た。 その隣の広めの部屋は焦げ跡がアチコチ付いている。 空き缶とかも落ちているので、DQN達に花火でもされた跡であろうと推測した。(室内で花火って何を考えていたら出来るんだ……) 外でやると目立ち過
「ははは、そのうちにな」「ああっ!」 ディミトリは彼から不要になったモデルガンの空き箱を調達したのだった。その空き箱に分解した武器をしまってある。 こうしておけば気付かれること無く秘匿出来ると考えていたのだ。(うっかり触って暴発でもしたら怪我させてしまう……) 祖母が本物と玩具の違いを、理解できるとは考えにくいが万が一の事を考えたのだった。(まあ、組み立ては一分も有れば余裕で出来るし) 咄嗟の事態に対処出来ないが、武器を剥き出しで持っているよりは安全だろうと考えたのだった。 夕方になり早めの夕食を済ませたディミトリは、ランニングに行くと言って出掛けた。行き先は現金受け渡し場所の廃工場だ。 地図によると自転車でも一時間はかかる。早めに下見を行っておくことにしたのだ。 廃工場に到着したディミトリは道路を挟んで観察を始めた。工場はフェンスに周りを囲まれている。高さは二メートル程。 正門の扉は閉まっていた。工場自体は町工場を少しだけ大きくしたような印象だ。さほど大きくは無い。「あれか……」 ディミトリは場内を単眼鏡で中を観察し始めた。いくら無人だろうと思っても、防犯カメラくらいはあるだろうと踏んでいた。 しかし、それらしきものは無かった。それでも正門から入っていくのは止めにした。 まずは、潜入して中の様子を頭にいれる方が良いと判断したのだ。 道路の反対側に面した建物の窓から入ることにした。中を覗き人の気配が無い事を再び確認したディミトリは、閉まっているのに気が付いた。(くっそ…… ガムテープも無いしどうしよう……) 防音の為にガムテープを窓に貼り付けてガラスを割る手法がある。音もしないしガラスが飛び散らないので便利なのだ。 ディミトリは他の入り口は無いかと付近を見回した。(ん? あれが使えるかも……) ディミトリの目線の先に有ったのは制汗スプレーだ。近くに女性物のポーチが有るので誰かが落とした物なのだろうと考えた。 振ってみると少しだけ音がする。埃にまみれて古いようだが中身がまだあるようだ。(よしよし……) スプレー缶のガスはブタン・プロパンなどを主成分とした液化した可燃性のLPGガスが多い。 ディミトリは窓の鍵が有る部分に、スプレーを噴射したままライターで火を着けた。スプレーのガスで出来た炎は窓ガラスをメラメラと炙った。
「要するに大串のフリをして、売人に金を渡せって事か?」「ああ」「結構な金額になるだろう」「ああ、金なら用意する……」「……」「二百万程度だ。 俺の小遣いでどうにでも出来る」 ディミトリは自分の境遇が馬鹿らしくなって来るのを感じていた。二百万程度と言い切る中学生がいるのに、こちらは小遣いをやりくりしながら凌いでいるのだ。「タダじゃやらないぞ?」「十万くらいならお前にやるよ」 ディミトリは目を剥いてしまった。どこの国でも金持ちのボンボンは価値観が違うものだ。 まるで違う世界に生きているようなのだ。 それでも、ディミトリは引き受けるつもりだ。(そうか…… その売人をどうにかすれば、二百万が手に入るのか……) ディミトリは密かな企みを思いついていたのだ。 薬には興味無いが、金には大いに関心がある。何故なら渡航費用の一部に出来る。「金の受け渡し場所はどこだ?」 大串は川沿いにある倉庫を言ってきた。使っていた会社が潰れて無人なのだそうだ。 ディミトリはスマートフォンで地図アプリを呼び出して場所の確認をしてみた。周りに人家は無く、中小の工場が多い場所だ。 きっと、夜間には無人になっている事だろう。「それで金の渡しはいつやるんだ?」「今夜だ」 随分といきなりの予定でディミトリは面食らってしまった。「それは駄目だ。 俺には用がある」「え?」「塾が有るんだからしょうがないだろ」 もちろん嘘だ。ディミトリは受け渡し場所の下見に行くつもりなのだ。 行き当りばったりで実行しても、上手くいかないのは知っているつもりだ。これまでにも散々痛い目に遭っている。「金額が大きいから引き出しに時間が掛かると言えば良いだろ?」「ああ、分かった……」 今度は武器も有るし下準備の時間も有る。上手く行きそうだった。 大串との会話を終えたディミトリは教室に戻ってきた。大串たちはディミトリが代役を引き受けたので安心したようだ。 何度も礼を言ってきた。(乱暴者を装ってもヤクザ相手はキツイって事か……) そんな事を考えながら教室に入っていく。するとクラスメートの田島人志が話しかけてきた。「よう、まだモデルガンの空き箱探してる?」「いや、飾りたかっただけだから足りているよ」「いつでも言ってくれ、新しい奴は取ってあるからさ」「ああ、分かったよ。 あり